水は冷たいし全身びしょ濡れだし寒いし流れは速いし黒い人は重たいし手
は疲れて感覚なくなってきたし赤い人は相変わらず意識戻ってないし人気
なんかないし情報不足もいいところだし何がどうなってるのか分からない
し!


「ああもう! なんだっての? 何で私がこんな目にあってるのさ!」


泣き叫ばなきゃやってられない。









一諾千金










自分がボロボロと涙を溢しているのはわかっているが、どうせ誰も見てい
ないのだからと放置して、というよりもそれを拭う暇も余力もない。初回
も大概体力の限界に挑戦だったのに更にその三倍は遠くに感じられた2回
目を意地と気力だけで成し遂げると、もはや黒い人を横たえるどころでな
く、諸供に倒れこんだ。
それでも辛うじて自分の体を下敷にして黒い人を庇ったのは、「せっかく
死にそうな思いをして助けたのに、河原の石に頭ぶつけて死なれたりして
たまるか」という、妙な貧乏性が出たからだ。何もこんなところで発現し
なくても、と思わないでもないが、出てしまうものは仕方がない。所詮自
分は庶民だ。
庇った代償に自分の左腕に激痛が走ったが、今はそんなことどうでもいい。
肺に酸素を取り込むので手一杯だ。


「はっはっはっはっ…はぁっ」


それも長くはしていられない。
ひたすら空気を吸い込むだけの作業がほんの少し落ち着いてくると、疲れ
て重たい体を腕力だけで起こして傍らの黒い人の様子を伺……


「って、なにこの仮面」


様子も何も分からないじゃないか。
……かろうじて呼吸はしているらしい。


「……外しても良いかな?」


頭を怪我してるかもしれないのに、これじゃわからない。
それに、呼吸の邪魔になっていそうだ。

そぅっと伸ばした手は、けれど寸前で止まった。


「……あの」
「………」


黒い人の手が、の手首を掴んでいる。
反射的に引いても離れない。
引いてだめなら通してみてもびくともしない。


「……えー……と、もしかして…このヘルメットを取られたくない…?」


おそるおそる尋ねてみれば、こくん、と頷かれた。


「え、でも…息苦しかったりしませんか? 頭に怪我は?」


もう一度頷いた後で、首を横に振る。


「気分は? 悪くないですか?」


これも頷き。
意識はしっかりしているようだし、だったら大丈夫かと一人ごちて、


「ええと、もう一人様子見たい人が居るので手を離してもらえますか?」


手の力を抜いてそう言うと、手甲らしきもので覆われた大きな手がゆっく
りと開いての手首を開放した。
……掴まれていた手首が赤くなっている。
どんだけ力が強いんだ、と一瞬眉を顰めたが、意識を取り戻した瞬間に見
ず知らずの他人が至近距離で顔を覗き込んだら警戒もするよな、と思い直
して文句を言うのは思いとどまった。

黒い人を驚かさないようにゆっくりと体を離し、立ち上がる。
疲れ切ってるせいと足場の悪さで2、3度体がふらついたが、何とか転ば
ずに赤い人のところまで辿り着くことができた。


「うぅ…っ」


こちらはまだ意識が戻っていないようだが、それも時間の問題だろう。
怪我をしていないか、ざっと全身を検分する視線が、左の太腿で止まった。

さぁっとの顔色が青ざめる。

鋭い刃物で切られたように滑らかな裂け目を見せる白地の布が、その裂け
目を中心に緋色の文様に同化するようにまだらに染まっていく。
川の水に幾分か薄められた赤い流れは体の下の土の色を濃くしてしかもそ
の範囲を着実に広げている。


「ちょ! け、怪我!!」
 

叫び声を上げて走り出したの向かう先は、さっきまでいた焚き火。
その傍に放り出したままのバッグを掴むとずっしりと重いその中身を濡れ
た手のまま掻き回した。


「え、えと、あっあった!」


その手が引っ張り出したのは木綿の手拭で作った  ちなみに、
手作りだ  巾着袋。


「『備えあれば憂いなし』。お兄ちゃんの教えが今初めて役に立ったよ!」


友人たちに呆れられながらも大きなカバンを持ち続けてよかった!
本気で感謝しつつもそれを引っつかむと、またダッシュで赤い人の元へ戻
る。
ビニールパックに入れた脱脂綿で傷口の周りの水気を拭うと、思ったより
も深手ではなさそうな傷にほっと息をついた。大量の出血と見えたのは、
どうやら川の水が血と混ざって嵩を増していただけのようだ。
他に大きな傷らしいものもないし、これなら命に係わることはいだろう。


「……それでも、縫わなきゃいけないくらいの怪我だよね、これ」


傷口に滅菌ガーゼをあてがい、上から包帯をきつめに巻いて止血した。
そこまでは順調だった、のに。


「あ、あれ?」


包帯を巻き終わり、端を裂いて結ぼうとしても指がうまく動かない。

指が震えている。


「……っふ……くっ」


指が、体が震えているのだと認識したとたんに嗚咽が零れた。
それでもこれだけは、と何度も失敗しながら包帯を結ぶ。


「ち…っくしょぉっ!」


ここはどこなんだ、とか。
どうしてこの人たちは怪我をして川に流されてたのか、とか。
この変な服装はなんなんだ、とか。
この二人は日が暮れる前に意識を取り戻してくれるのか、とか。
とにかく何でもかんでも分からないことばかりで。


「ふっざけんなよ、馬鹿野郎!!!」


誰にか分からないが、とりあえず罵ってみた  ら。


「おいおい、女の子がそんな言葉遣いしちゃだめっしょ」


やけに好みの低音ボイスに叱られてしまった。


「悪ぃけど、その人から離れてもらえる?」


喉元に突きつけられた冷たく鋭い刃の感触と共に。








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連載二回目にして未だにヒロイン独白のみ…

写真提供:月兎風灰